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大阪高等裁判所 昭和30年(ネ)1484号 判決

控訴人(原告) 東陽製本印刷株式会社破産管財人 白井正実

被控訴人(被告) 大阪福島税務署長

訴訟代理人 辻本勇

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人が昭和二四年八月東陽製本印刷株式会社に対し昭和二二年一二月一日から翌昭和二三年一一月三〇日に至る事業年度分法人税についてした所得金額を一、一四六、八六四円とした決定は一、一一〇、三六一円を超える部分についてはこれを取消す。

控訴人その余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人が昭和二四年八月東陽製本印刷株式会社に対し昭和二二年一二月一日から翌昭和二三年一一月三〇日に至る事業年度分法人税についてした所得金額を一、一四六、八六四円とする決定を取消す、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出援用認否は

事実関係につき

控訴代理人において「一、被控訴人のなした本件所得金額の推計は次の如く不当である。即ち、右推計は被控訴人が昭和二四年五月頃行つた効率調査に基くものであるが、かかる調査は右調査年度と異なる昭和二二年一二月一日から昭和二三年一一月三一日までを事業年度とするものに適用することは失当である。又右効率調査は商人は闇取引により莫大な利益を挙げているとの想定のもとになされているのであるから、本件会社の如く日本発送電株式会社(以下、日発と略称する)の専属工場として闇取引をする余地のないものには適用の余地はない。のみならず、被控訴人主張の流動指数、無形指数、製本の売上高はいずれも確たる証拠なくして案出されたものである。そのために被控訴人のなした第一次推定売上高は控訴人主張の売上高より少額であつたのに、殊更に前記の如き根拠のない修正率を用いて多額の売上高を推定しているのである。殊に製本の売上高は被控訴人が右会社に製本機械が存在していたため同会社において印刷の外相当数量の製本をしているものと考えたものと思われるが、右会社は当時すでに出版業を兼業していたもので、右機械は主として出版に用いられていたのであつて、製本にはごく少量しか使用せられていなかつた。破産会社の出荷簿たる甲第一五号証によつても物品買入整理簿二五冊のみが製本として出荷せられているにすぎないことが窺われるのであつて、その金額は全売上高の千分の一にも満たない微量のものである。しかも同会社は週間雑誌等を印刷したことはないし、又便箋の如き簡単なものは印刷代のうちに包含せられるものである。従つて被控訴人のなした製本売上高に対する標準率は失当である。又本件推算は右会社が出版業をも営んでいるに拘らず印刷製本のみをなすものとの前提のもとになされたものであるから失当であるのみならず、仮に右推計が許されるとしても、これに要した人員機械は右推計から控除せらるべきが当然であり、出版に要した版代及び社員、工員の給料の如きは右事業年度の損金に計上せられるべきである。

二、本件破産会社は日発の専属工場であるから同社以外に製品を販売したことはなく、従つて、日発の支払金が即ち右破産会社の収入金となるのである。ところで、甲第五号証(右破産会社の総勘定元帳)の売上金は同第一〇乃至第一二号証(日発の買掛金)の数字と殆ど一致しており、しかも日発が記帳漏していた金額まで右破産会社は収入に計上し、日発の支払金七、五五一、六一一円一八銭を超える七、九九三、八五五円五〇銭を売上金額としているのであるから、右帳簿(甲第五号証)及びこれに基き作成せられた同第二号証の正確なことは明瞭であり、右甲第二号証の損失の部以下の数字は被控訴人提出の乙第九号証の数字と一致し、当事者間に争がないのであるから、甲第二号証第九回決算報告書は当然認容せられるべきものである」と述べ、

被控訴代理人において、「一、印刷業者には単に活版等による印刷だけをしている者と、表装まではしなくても便箋や週間雑誌等の如き簡単な綴り込み程度を行つている者とがあるのであつて、破産会社の如き規模では単なる印刷だけということは常識上考えられないことである。まして製本機械の存在する以上製本作業が皆無ということは到底信じられない。大阪福島税務署の担当官は機械装置その他の会社の状況を親しく観察して製本作業の占める割合を三割と判断したものであり、出版による損益が事業年度の利益計算に影響するのはその出版書籍が販売せられた時であつて、未だ販売せられず製作準備中の間はそのために支出せられた費用は期末商品、仕掛品となる資産の価格を構成するのであつて、損益には関係のないものである。

二、控訴人は本件破産会社は日発において記帳漏している金額についてまで記帳しているのであるから、その正確なことは明瞭であると主張するが、日発の帳簿組織は近代的会計組織であつて、実際に支払つたものを記帳しないままにすますことは絶対にできないようになつている。その帳簿組織を検討せず、僅か一部の帳簿を摘出しただけで、日発の記帳の脱漏を断じるのは簿記会計の無理解も甚だしい。却つて、右破産会社の帳簿には恣意性がみちみちているのであつて、その一例を示すと次のとおりである。甲第五号証の前受金勘定における各金額を同第一三号証の二、三と対比すれば破産会社の記帳が如何なるものであつたかが明らかになる。即ち、右甲第一三号証の二、三に示されているとおり五月二五日の五〇万円、一一月三〇日の四三、四一二円五〇銭を除いた他は全部日発では印刷代となつているのに拘らず、破産会社においてはこれを前受金勘定に記帳し、しかも期末に12/12―23/11納入紙代と称して材料勘定と振替整理している。しかし印刷代は破産会社においては売上勘定に計上しなければならないものであり、しかも期末に材料勘定を振替えているのは明らかに正規の簿記会計の処理ではない。日発が用紙のままで納品させることは通常考えられないし、たといそのようなことがあつたとしても破産会社のような経理方法を採用することはないのである。もしも甲第二号証の計上金額が正しいものとすれば、印刷代として受領し売上に計上しなければならなかつた前記前受金勘定の金額はすべて利益となり、表現利益は逆に三、六八七、九四三円二九銭となるのである。しかも日発の支出金額は甲第一三号証の二によれば昭和二二年一二月一日から翌昭和二三年一〇月三〇日までの合計が七、二七三、五四五円八〇銭となり、同号証の三によれば右同期間の合計が追加分を含めて八、六八四、七七三円六〇銭となるのであつて、控訴人はこれらの証拠をもつて何を立証し、破産会社の帳簿の何処と対照しようとするのか、又それらの比較において如何なる意味を表わそうとするのか全く理解できないところである。これを要するに、控訴人は本件事業年度後の欠損に目を奪われて本訴を提起しているのである。その欠損は本件事業年度後に生じた労働争議、会社の内紛、及び同会社社長の刑事事件のために事業が蹉跛したことにより生じたものであつて、本件事業年度においては通常の営業状態であり、且つ営業拡張を企図したほどであつた」と述べ、……証拠関係〈省略〉……た外、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

理由

当裁判所は被控訴人の本案前の主張を理由がないものとするものでその理由は原判決に示すところと同一であるからこれを引用する。

よつて本案について判断する。

本件破産会社が資本金一九五、〇〇〇円、印刷及び製本を目的とする株式会社であり、昭和二五年一月二三日大阪地方裁判所において破産の宣告を受け控訴人がその破産管財人に選任せられたものであること、同会社は昭和二二年一二月一日から翌昭和二三年一一月三〇日に至る事業年度分の法人税につき所得の申告をしなかつたので、被控訴人が課税標準たる所得金額を一、一四六、八六四円と決定し、昭和二四年八月同会社に通知をしたこと、同会社が同年九月一三日被控訴人を経由して大阪国税局長に審査の請求をしたが、同国税局長において昭和二八年二月七日附で審査の請求を棄却し、同月一七日控訴人に通知したことはいずれも当事者間に争がない。

ところで被控訴人が本件課税標準を決定するについていわゆる権衡調査の方法によつたものであることはその主張自体により明らかである。元来課税標準額の決定は企業の帳簿書類による実額調査によるのが本則であるけれども、もし帳簿が存在しない場合又は存在してもその記帳が乱雑、不正確、虚偽等のためにこれにより難い場合には帳簿のみに依拠してこれを確定することができないから、かかる場合には帳簿に依存しない推計調査の方法によることができるものというべきである。このことは昭和二五年三月三一日法律第七二号による改正後の法人税法が青色申告者以外のものについて当該法人の財産若しくは債務の増減の状況、収入若しくは支出の状況又は生産量、販売量その他の取扱量、従業員数その他事業の規模により各事業年度の所得金額を推計しうる旨の明文を定めていることによつても明らかである。しかして原審証人伏木勝の証言と弁論の全趣旨を綜合すると、被控訴人は右破産会社において本件事業年度の法人税申告書を提出せず、その所得金額を調査しようとしても帳簿書類の備付がなかつたので、やむなく権衡調査の方法により所得額を推計したものであることが認められるから、被控訴人において右推計の方法により所得額を決定したのは相当であるといわねばならない。又その後審査請求に際し破産会社において甲第二号証(第九回決算報告書)を被控訴人を経て大阪国税局長に提出していることは弁論の全趣旨により明らかであるが、審査は原処分の当否を判断する覆審的性格を有するものであるから、審査請求に際し帳簿書類が提出せられたからといつて実額調査をしなければならないものではなく、それは原処分の当否を判断する一資料となるにすぎないから、原処分をそのまま維推すること自体は何等違法となるものではない。

そこでまず、権衡調査による本件所得金額の算定が妥当であるか否かについて検討する。

成立に争のない乙第一号証の一と原審証人伏木勝の証言を綜合すると、終戦後経済状態が混乱し闇取引が横行していたため正確な取引帳簿の作成及び正しい所得の申告を期待し難い事情にあつたので、大阪国税局においては権衡調査により所得額を把握する必要が生じ、同業者が保有する外見的観察の容易な物的要素が所得形成に及ぼす効率を比較検討することにより所得を把握するための基礎的資料を発見することになり、昭和二四年初頃その大綱を定め、効率調査の基準となる基本公式表を設定するために標準的業者に対する徹底的実額調査、各種官庁、研究団体等の調査資料、精通者の意見を検討することによつて物的原単位計算と収入金利益率の関係をグラフ或は算式をもつて表現し、調査対象の調査結果を右基本公式表に捜入することによつて個別企業の収入金額利益率及び所得を推計することにし、まず労働指数、固定指数を算出した上これに従業員一人当りの売上見込額、機械一台当りの売上見込額を乗じて一応単純な標準企業としての売上推計額を計算し(第一次推計)、次に使用原材料の価格の相違、使用量の相違、又は原材料の自持支給の別等が存する場合等、場所的優劣がある場合、或は経営者、能力、得意先関係、闇関係等が標準企業と異るときはこれらを流動指数、土地指数、無形指数として調整し或は営業利益率を修正することとし、又兼業の場合には基本公式表で表現されていないため別にこれらの金額を調査し、収入金を加算することになるのであるが、本業の労働指数等を算出する場合、すでに兼業に従事するものを含む場合には兼業による推定収入金額から幾割かの斟酌を行つた金額を兼業による収入金とすることとしたことが認められ、右推計の方法は一応合理的であるということができる。ところで、右乙第一号証の一、成立に争のない同第一号証の二の一、二、同号証の三、同号証の四の一、二と前記伏木証人の証言を綜合すると、大阪市内で印刷製本業を営む法人間にも前記の如き弊風があつたので、大阪国税局においては右法人の昭和二三年度における所得を権衡調査により把握することになり、前記大綱に基き昭和二四年五月頃からその調査に着手し、まず同業者組合である大阪市北区天神橋筋一丁目四六番地所在大阪府紙二次製品工業会の役員から右効率調査の参考とすべき事項につき相当詳細にわたつて説明を受け、乙第一号証の三(組合調査表)に記載の如き資料を得たこと、次で標準的業者として四法人(平版活版兼業一、平版専業一、活版専業二)を選び、これらを実地調査して実額調査を遂げた結果、同号証の四の一、二記載の如き事実を把握したこと、以上の調査により得た資料を基礎として検討を加えた結果、大阪市内の印刷、製本業を営む法人に対する効率調査の基礎として被控訴人主張の如き従業員の能力割合、機械の能力割合、従業員と機械との組合せ割合、換算従業員数及び換算機械台数に乗ずべき標準金額、売上高に対する利益率についての諸標準を設定したことが認められる。ここで右標準について合理性が認められるか否かについて考えるのに、前記認定の調査結果を彼此検討し且つ原審証人伏木勝の証言並びに弁論の全趣旨を綜合して認められる当時一般企業は厳重な統制下にあつたため、商人は所謂闇取引により莫大な利益を挙げていたが、その証拠を極力隠蔽していたので、その所得を調査することは極めて困難で如何に徹底的な調査をしてもなおこれを補捉することができない状況にあつたが、印刷業界においては右事情は一般的であつた事実、本件破産会社を含む大阪市内の同業法人の大部分に対し前記標準に従い効率調査により課税した事実及び控訴人においても右標準企業に適用すべき効率そのものについては特に異論のない事実を綜合すると、前記諸標準は大体において合理的であるということができる。そうすると、右諸標準を単純な標準企業の売上高推計即ち第一次推計の基礎として一応所得を推算することができるものといわねばならない。

そこで、本件破産会社に対し右効率を適用して所得額を推計することができるか否かについて考えるのに、控訴人はまず前記効率調査は昭和二四年五月頃行われたものであるから、これを調査年度を異にする本件事業年度に適用することはできない旨主張する。しかし、右調査は前記認定の如く印刷製本業を営む法人の昭和二三年度における所得を把握するためになされたものであるのみならず、前記乙第一号証の三、同号証の四の一、二と原審証人伏木勝の証言を綜合すると、右調査は専ら昭和二三年度の実績を対象としてなされたものであることが認められるから、これを本件事業年度に適用するのはもとより当然であつて何等違法のかどはない。控訴人は更に本件破産会社は日発の専属工場として闇取引をしていないのであるから、これあることを前提とする前記効率を適用することは失当であると主張するが、成立に争のない乙第八号証と原審証人佐藤正、同田中藤次の各証言を綜合すると、当時右破産会社においても闇取引が行われていたことが認められ、前記認定の諸事情と何等異るところがないことが窺われるから、右効率を本件破産会社に適用すること自体はこれを不当ということはできない。

そこでまず右効率を本件破産会社が印刷製本のみを行うものとしてこれに適用してみるのに、成立に争のない乙第二号証の二、同号証の三と原審証人伏木勝の証言を綜合すると、右会社の本件事業年度における従業員男女の合計数は期首二九名、期末四二名であつて、右期間中の従業員の増減異動を加味した平均人員は工員甲男一〇・五、乙男二・五、丙男一・一、丙女一二・四、その他甲男五・五、乙男二・〇、丙男二・〇であつたこと、右会社が本件事業年度末において所有していた主な機械は平版四六半載3、四六全版1、石版四六半載2、活版四六6頁2、菊版8頁、1、16頁2、24頁2、全版1、断截機4で、同年中に新規購入したもの或は稼働していないものを控除した機械台数が平版四六半載1、活版四六6頁2、菊版8頁1、16頁1、断截機4であつたことが認められ、又前記乙第二号証の二と右伏木証人の証言並びに本件破産会社の営業種目を綜合すると、従業員その他の部の工員に対する能力附加割合は甲男60、乙男50、丙男40であると認めるのが相当であり、右乙第二号証の二、伏木証人の証言並びに前記機械の能力割合を綜合すると、右控除機械の能力割合は平版四六半載については右会社における稼働情況に鑑み能力割合を特に一〇〇として操業情況により指数計算について五割減とし、活版四六6頁については八〇、同菊版8頁については八五、同16頁については九五、断截機については一〇であると認めるのが相当であるからこれらの事情と前記効率を合せ考えると、本件事業年度における右破産会社の換算従業員数は二三・七人であり、換算機械台数は四・二台であり、内活版用三・七、平版用〇・五と算定することができ、又右換算従業員数に前記乙第二号証の二、原審証人伏木勝の証言を綜合すると、換算従業員数のうち活版に従事するものが二一人、平版に従事するものが二・七人であることが認められ、右算定は反証のない本件においては一応正当なものといわねばならない。そうすると右認定の換算従業員数、機械台数を各標準金額に乗じて算出した標準企業の売上高は、

活版分 五、四六〇、〇〇〇円

平版分 一、三九八、〇〇〇円

合計  六、八五八、〇〇〇円

となる。

そこで、本件破産会社に右標準企業の売上高に修正を加えるべき特段の事情があるか否かについて考えるのに、前記乙第八号証と原審証人伏木勝、同佐藤正、同田中藤次の各証言を綜合すると、当時の業界は用紙の統制下にあつたため、配給用紙のみでは出版、印刷事業の経営は困難であり、闇取引により用紙を購入しなければならない事情にあつたが、本件破産会社は公益事業を営む日発から専属的に注文を受けて仕事をしていたので用紙の購入において他の一般業者よりは相当有利な地位にあり、従つて企業経営全体からみても一般より相当有利であつたことが認められ、これらの事情は流動指数或は無形指数として前記標準企業の売上高に修正を加えられるべきものと解せられる。ところで、成立に争のない乙第一号証の二の二と原審証人伏木勝の証言並びに弁論の全趣旨を綜合すると、当時大阪国税局においては納税義務者の課税の公平を期するため大阪市内の納税義務者を業種目別に区分し、納税義務者毎に実地に調査し、或は実額調査により又は推計により算出された課税標準を各権衡調査表に列記し各人間の有利不利な事情を比較検討することにより最も公平妥当と信じる課税標準を決定していたのであるが、本件においても右法人権衡調査表により権衡調査をし、前記流動指数を一〇八%無形指数を一二%と定めたことが認められるから、右指数は反証のない本件においては一応妥当なものというべきである。そうすると、右修正による推算売上高は

活版分 七、〇七六、一六〇円

平版分 一、八一一、八〇八円

合計  八、八八七、九六八円

となる。

次に製本による売上高の推定について考えるのに、成立に争のない甲第一五号証の一、二の一乃至一四〇、当審証人垣屋貞正、同加藤泰次、同福本由太郎の各証言、当審証人矢倉増造の証言(第二回)の一部を綜合すると、印刷製本業者といわれるものには通常世上でいわれる製本(狭義の製本)のみならず、単なる糊付け程度のものまでも包含されているのであるが、その費用は糊付け程度の最も簡単なものでも印刷費の二、三割を要し、場合によつてはその三倍になることもあること。本件破産会社においてはその印刷物の殆ど全部を製本しており、その殆どは糊付程度の簡単なものであつたが、中には狭義の製本もあつたことが認められ(控訴人は日発との取引においては製本が殆どないことの証拠として甲第一五号証を提出するが、右甲第一五号証によるとむしろ相当数が冊数を以て表示せられており、枚数を以て表示せられているものでもその出荷商品の性質に照すと糊付けされていると思われるものが大部分であると推測されることに徴すると右甲号証を以て前記認定の反証とすることはできず、右矢倉証人の証言中右認定に反する部分は前顕各証拠に照し措信しえない)、右認定の本件破産会社の操業状況と製本に要する費用とを合せ考えると、製本による売上高は印刷による売上高の三割程度と認めるのが相当である。控訴人はこの点につき右破産会社は当時出版業を兼業していたもので、製本機械は主としてこれに用いられ、製本に用いられたのは極めて少ない。しかるに被控訴人は右破産会社が出版業を営んでいることを知らず右製本機械がすべて製本に用いられたものとして製本による売上高を印刷による売上高の三割程度としているのであるから、右推定率は明らかに失当であると主張する。なるほど、原審証人佐藤正、同矢倉増造、同田中藤次、同伏木勝の各証言を綜合すると、右破産会社は昭和二三年八月、九月頃から出版業を兼業し、製本機械を相当量出版に使用していたこと、本件所得額推定の調査に当つた税務署員において右会社が出版業を営んでいることを知らず専ら印刷製本業を営んでいるものとして控訴人主張の推定率を定めたことが認められるが、右会社における製本事業の実態が前記の如くである以上、これらの事情はいずれも右認定を左右するものではない。してみると、製本による売上高は前記印刷による売上高八、八八七、九六八円の三割に相当する二、六六六、三九〇円と推算することができる。

そうすると、被控訴人が調査した際における右破産会社のその他の情況を考慮して右各売上高より五%宛差引き、更に日発の専属的な仕事が大部分であることを考慮して標準利益率より低い活版分一一%、平版分一四%、製本分一〇%を適用した利益金額は(右推定率はいずれも原審証人伏木勝の証言に照し前記の如き権衡調査の結果算出せられたものと認められるから一応妥当なものと解せられる)

活版分   七三九、四五八円

平版分   二四〇、九七〇円

製本分   二五三、三七〇円

合計  一、二三三、七三五円

と推算できる。

ところが、控訴人は印刷製本のみを行うものを対象としてなされた効率調査を本件の如く出版を兼業するものに適用することはできない、仮にそうでないとしても、右出版に要した人員機械は右推計から控除せられるべきであると主張する。なるほど本件破産会社が昭和二三年八、九月頃から出版業を兼業していたに拘らず、被控訴人においてこれを知らず右会社が専ら印刷製本のみを行うものとして効率調査をしていることは前記認定のとおりであるが、右会社において現実に印刷製本を行つている部分について右効率調査を行うことはもとより可能であり、ただ出版がなされていたに拘らずこれを印刷製本をしていたものとして効率調査のなされた部分についてはそのことが所得額の算定に影響を及ぼす限りにおいてこれを修正すれば足りるものであるから同会社に対し右効率調査を行うこと自体は何ら差支のないものである。しかして出版物が販売せられた場合には、効率調査による出版売上高乃至これから算出せられた利益額には当然効率調査による印刷製本売上高乃至これから算出せられた利益額が包含せられているものというべきであるから被控訴人において出版の事実を知らず印刷製本のみについて効率調査をしてもその推計額は右破産会社に何等の不利益も来すものではない。従つて印刷製本のみを行うものとしてなされた被控訴人の所得額の推定はそのまま維持せられるべきであり、右出版に要した労働力、機械力は特に斟酌する必要はないが、右出版物が未だ販売せられない場合には、それに支出せられた労働力、機械力は期末商品となる資産の価額を構成し、損益に関係のないものであるから、この部分についてはそれらがすべて益金に関係があるものとの前提のもとになされる前記効率調査により算出せられた利益金額より控除すべきが相当である。今これを本件についてみると、右破産会社が昭和二三年八、九月頃から出版業を兼業していたことは前記認定のとおりであり、右認定事実と原審証人佐藤正の証言を綜合すると、本件事業年度の兼業中における印刷製本と出版との操業の割合は前者が七割、後者が三割であつたことが窺われるから、本件事業年度を通じての出版に要した割合は一割と認めるのが相当である。しかして右出版によりえられた商品が未だ販売せられるに至つていなかつたことは後記認定のとおりであるから右一割は前記印刷製本のみをなすものとして算出せられた利益金額から控除せられるべきである。そうすると、右破産会社の本件事業年度における利益金額は結局一、一一〇、三六一円となる。なお、控訴人は出版に要した版代及び社員、工員の給料等は右事業年度の損金に計上せられるべきであると主張するが、その出版物は未だ販売せられておらず、従つてこれに要した右費用等はいずれも損益に関係のないものであること前認定のとおりであるから、右主張は採用できない。

そうすると、本件所得金額は反証のない限り一、一一〇、三六一円であると認めるのが相当である。

ところが、控訴人は右推算は出版による損失を無視したものであるから所得を不当に過大に算定したものであると主張する。しかしその理由のないことは原判決理由に示すところと同一であるからこれを引用する。

しかして、控訴人は「右破産会社は決算書(甲第二号証)の損益計算のとおり本件事業年度においては利益はなく却つて一九、六六四円の損失を生じているのであつて、その事実は甲第五号証の一、二(右破産会社の総勘定元帳)に照しても明らかである。右破産会社は日発の専属工場であつて同会社以外に製品を販売したことがないから日発の支払金即右破産会社の収入金となるのであるが、右甲第五号証の売上高は日発の帳簿と殆ど一致しており、むしろ日発において記帳していないものまで計上しているほどであるから右甲第五号証の記載内容は正確且つ真実であるということができる。従つて右甲第五号証に基き作成せられた前記決算書も亦正当である。よつて被控訴人のなした推計は当然取消されるべきである」と主張する。そこで右甲第五号証の信憑性について考えると、原審証人伏木勝、当審証人延原厚、同矢倉増造(第一回)の各証言並びに弁論の全趣旨を綜合すると、右甲第五号証(総勘定元帳)は前記破産会社が被控訴人から前記の如き所得金額決定の通知を受けるやこれに対し審査の請求をなす必要を感じ急遽前田計理事務所に依頼し、同所事務員延原厚にこれを作成せしめたものであるが、右延原においては当時主要な帳簿類が検察庁に押収せられていたためこれらによることができなかつたので、右破産会社から提供せられた伝票等のみを参考に、しかも一々真実であるかどうかを確めることなく一気にこれを作成したもので、右作成は正規の総勘定元帳記帳の方法によつたものでないことが認められ、しかも控訴人においてはこの帳簿の基礎となつた別の帳簿なり取引の記録なりを証拠として提出しないのであるから、右帳簿を直ちに信用することができないのみならず、これを内容に亘つて検討してみても措信しえないことが明らかである。即ち、右甲第五号証の一、二と成立に争のない同第一〇、第一一、第一二号証の各一、二(日発の第一八、一九、二〇期各負債勘定)、同第一三号証の二(日発支払金明細書)及び同号証の三(日発の対破産会社支払調書)とを比較検討すると、右甲第五号証の前受金勘定に記載の一二月一九日三五〇、〇〇〇円及び三三〇、〇〇〇円は日発においては同日同額を印刷代として支払つており(甲第一三号証の二、三)、又右記載の四月五日二二二、一九八円、同月一三日一二四、九四〇円、同月二〇日三九九、五〇〇円、九月二〇日二〇〇、〇〇〇円は日発においては買掛金として計上せられ(同第一〇、第一一号証)、その代金はそれぞれ昭和二三年四月二二日、同年三月三一日、同年四月二二日、同年九月二一日に支払われていることが窺われ、右記帳の相違は事柄の性質上破産会社においてその誤りを犯しているものと解するのが相当である。そうすると、右破産会社は日発において買掛金として記帳し或は印刷代として支払つているものまでも前受金として記帳していることになるが、これらはいずれも売上金勘定に記載せられるべきものである。しかも前受金勘定は納品の都度売上金勘定に振替記帳すべきものであるのに、これをなさず、期末に22/12―23/11納入紙代一、二〇三、〇四〇円五四銭として借方に計上し、しかもこれを材料勘定に振替整理しているのである。してみると、右破産会社がこれらを売上金勘定に計上しなかつたのは適当に任意の勘定科目に記帳したものとしか考えられないのみならず、却つて、前記甲第五号証の作成経緯を合せ考えると、赤字を装うために故意になされたのではないかとの疑念さえも生ぜしめるものがある。又前年度からの繰越金二、二九〇、五九七円四〇銭も前年度の帳簿その他の証拠がない限り直ちにこれを信用することができず、却つて前記甲第一三号証の二、三によると、これ等も相当程度納品していることが窺われ、買掛金勘定も期末に11/30現在買掛金残用紙代として一、八〇五、三一六円を一括して記帳しているが、これも正規の記帳方法ということはできず、かかる記載内容は到底措信するに足りないものである。その他売掛金勘定に記帳の入金分もその大半が日発の記帳と日付が異つており、殊に出版関係の記帳は右甲第五号証からは遂にこれを発見することができないのである。もつとも売掛金勘定に記帳の入金分中木津川発電所分、大阪支社分については前記甲第一〇乃至第一三号証にはその記載がないが、このことを直ちに甲第五号証の信憑性を証するものとすることはできない。そうすると、控訴人が甲第五号証は正確且つ真実であるとし、これを裏付けるために提出した同第一〇乃至第一三号証を以てしては未だ右甲第五号証の真実性を証明することはできず、却つて、その不正確且不真実さを如実にあらわしているものという外はなく、従つて、右甲第五号証及びこれに基き作成せられた同第二号証は未だ本件破産会社の所得を算定する根拠となし難いのみならず、前記所得額の推定を覆す資料とすることもできない。

なお、控訴人は高利息の借入金三一〇、〇〇〇円、日発からの前受金三、七〇七、六〇七円により漸く営業を継続し、従業員には相当高い給料を支払いながら一カ月七〇〇、〇〇〇円前後の売上高では被控訴人が認定するような利益金を生じる筈がなく、本件会社が破産した原因の一は本件事業年度における事業の不振によると主張し、証人矢倉増造は原審並びに当審(第一回)において右主張に副う供述をするが、右供述は前記認定事実と後記各証拠に照し措信し難く、又当審における控訴人本人の供述も本件事業年度における実態を十分に把握した上でなされたものとは解せられないから、右主張事実認定の資料とすることはできず、他にこれを肯認しうるに足る確証もない。却つて、成立に争のない甲第一号証と原審証人佐藤正、当審証人加藤泰次の各証言、原審並びに当審(第一回)証人矢倉増造の証言の一部を綜合すると、右破産原因は主として右破産会社社長佐藤正が昭和二四年初頃詐欺事件で検挙せられたことによる事業の蹉跌と右破産会社が昭和二三年暮頃から始めた雑誌「陽炎」の出版による大損失によるもので、本件事業年度には何等関係のないことが認められるから、控訴人の右主張も採用できないし、他に前記所得金額の推定を覆すに足る確証もない。

そうすると、本件所得金額の決定は一、一一〇、三六一円の限度において正当というべく、従つて控訴人の本訴請求は被控訴人の決定した金額中右金額を超える部分は正当としてこれを認容すべきであるが、その余は失当として棄却を免れない。

よつて、これと符合しない原判決を変更し、民事訴訟法第九五条第九六条第九二条但書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉村正道 竹内貞次 大野千里)

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